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飢餓海峡 1965年 東映 この映画は中3の夏、公民館の野外映画会で見た。以前は、よく開催されたのだが、最近でもあるのだろうか。私は野外映画会は大好きだった。蚊よけのスプレーも無い時代。ぼりぼり掻きながら、またラムネをのみながら立って見る。風が吹けばスクリーンがゆれて、大写しの顔などはお化け映画のようになる。大きな蛾がとんできて、役者の顔に止まったりする。そのたびに、哀しい映画でも爆笑が起こる。映画の製作者にとっては、とんでもない事かもしれないが。 「男は頭で覚えているが、女は体で覚えている」とかいう、言葉をその時に覚えた。なんのことかはよくわからなかったが。そのころはまだ、「エッチ」という言葉は無かった。 青函海峡は、2度連絡船で渡ったことがある。最初は洞爺丸。小1の5月。大阪から札幌に引っ越したとき。この船は数カ月後に多数の人を乗せたまま台風の嵐に呑まれて沈没した。札幌で同居していた外国人の男性もこの時死んだ。2度目は、5年生になる直前の春休み。3月。この時の船の名前は羊蹄丸だったと思う。昼間だったので、甲板で海や岬を見ていた。船中走り回って騒いだので、他の乗客に叱られて、しょぼんとしていたのだ。青函連絡船は、巨大な構築物といった感じがした。美しい客船とはほど遠い。列車ごと乗ってしまうのだから。 映画のなかで、この海峡のシーンを見たとき、船からの眺めと、顔に吹きつける風の冷たさと香を思い出した。あらあらしく、どこか人をよせつけぬ、さびしい海だった。でも、魚はいっぱいいそうだと思った。 伴淳?扮する、退職した執念の刑事さん。それ以上のことは残念だが覚えていない。しかし、私の心の中に強烈な印象を残した、名画だと思う。
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